趣味と本職

0612月2013

趣味と本職

よく趣味の話をしていると、「プロじゃないのだからそんなものは必要ないよ」という人がいます。分かるような気がすれけれど、どこか喉の奥に引っかかった魚の骨のように後味が悪いような気持ちになるのです。
そんなとき人生の先輩から全くさかさまの話しを聞きました。「趣味っていうのは経済性とは正反対のところにあるわけ。だから、プロじゃないのだからこういうものは要らないとかも、必要ないと言うのはその人が極めようとしていないことなのだよ。趣味と言うのは上手い下手じゃない、極めようとする行為なのだから、大いに非経済的行為であるべきなのだよ。逆にプロと言うのはそれによって生計を立てている訳、だから収入と投下資本には彰かに関連性があって、それを無視するのはもはやプロではないわけ」
なるほどこれには溜飲が下がる気がしました。それに先輩は続けます。そうした人の多くは実際の自らの出来ない行為への慰めであり、自己保全、自己肯定の行為に他ならないというのです。うむーなるほど厳しいが当たっているかもしれません。もし私がそうした境遇にあればきっとそうするかもしれませんし、そうした事を全て馬鹿に出来る訳はありませんが、こんな事も頭を過りました。
それは「魚住む水を選ぶ」と言う例えです。人間は知らず知らずのうちに多くの選択をして、結果、今の自分があります。
小学校や中学生のときの同級生と会った時に、愕然とする事が誰でもあると思います。当時、あれだけ同じような環境で同じような事を教わっていた人達が何十年経って、全く別の世界にいると言うことです。何十年の溝は埋まりません。
今、自分の周りにいる人は自分が選択した結果であって、それ以上でもそれ以下でもない全てなのです。
私の場合、幸いな事にこうした友人の多くは「いいんじゃない、趣味なんだから、もっともっと極めたらと、それに日本経済の底上げにもなるし」と冗談のような発破をかけてくれます。決して、嫉妬や悋気でなく、物事を楽しむ例えです。
お金は貯める事は比較的簡単にできます。しかし、上手く使うとなると経験と教えが必要になるのです。今度、生まれ年のブルゴーニュを空けるときは気のおけない友達をたくさん誘って皆で楽しむことにします。そうそれこそ仕事じゃないのですから、お金の使い方で大切なのは自分一人が楽しむのではなく、何人かが楽しめる使い方をするこれが宜しいようです。


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